投稿日:2023.01.17

阪神大震災から28年。
亡くなられた方のご冥福をお祈りいたします。
今を生きている私たちが、震災の教訓を次の時代の人たちに繋いでいくことも使命だと思います。


〜本日は宮城県は女川の方のお話をシェア〜

東日本大震災の約50年前、1960年にチリ地震津波が宮城県沿岸部を襲い女川にも津波が押し寄せました。そして2011年3月、東日本大震災による津波がまた女川を襲いました。

宮城県の牡鹿郡女川町(おしかぐんおながわちょう)でチリ地震津波と東日本大地震の被害に遭われた方にお話を伺いました。

「東日本大震災では大丈夫だと思っていた山の裏まで津波が回り込む形で押し寄せ、逃げ切る事ができたと思っていた人も命を失ってしまったと思います。
想像もつかない津波のルートだったので震源地や震度により被害は様々なのだと痛感しました。
出来るだけ高い場所へ高い場所へ早く逃げることが大事だと思いました。
家に忘れものを取りに戻ったり、船を持っている人も船が心配でも見に行ったりはしないで、とにかく命を優先にする事が一番だと思う。
チリ地震の時は地震の後にすっかり海の水がひいて、そのあとに津波が一気に押し寄せました。
津波の前の物凄い引き潮が珍しく、それを見に行った友達がいたけれど、海に近づく事は決してしてはいけない。とにかく早く高いところへ避難が大切。」と教えてくださいました。

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阪神淡路大震災では、今よりも建築基準が甘い時代で、家屋の倒壊による被害と、朝の火を使っている家庭が多い時間帯の地震による火災で逃げ遅れた多くの方々が被害に遭われました。

季節や時間帯、その時どこに居るか、様々なケースの自然災害に備えて、今後もいただいた教訓を忘れぬよう過去の経験を未来に伝えて生かすべく防災シェアルームを更新していきたいと思います。

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